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京都地方裁判所 昭和56年(行ウ)14号 判決

原告 上林繁

被告 右京税務署長

代理人 高須要子 本落孝志 山崎睦子 ほか三名

主文

原告の昭和五一年分所得税について被告に対し職権で減額更正するよう求める原告の訴えを却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五五年六月二八日付でなした原告の昭和五一年分所得税にかかる更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知処分を取消す。

2  被告は職権による右年分の所得税について減額更正をせよ。

二  本案前の答弁

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本案に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五一年分所得税確定申告書を法定期限までに提出したところ、被告は昭和五三年四月一五日付で総所得金額(給与所得の金額)を六六五万〇四〇〇円、分離短期譲渡所得の金額を一〇八万一六二六円、納付すべき税額を四三万二三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を六一〇〇円とする賦課決定処分をした。

原告は、右処分に対し、同年七月一七日異議申立てをしたところ、被告は同年一〇月九日付で総所得金額(給与所得の金額)を六六五万〇四〇〇円、分離短期譲渡所得の金額を一〇三万五六二六円、納付すべき税額を四一万三九〇〇円及び過少申告加算税の額を五二〇〇円とする一部取消しの異議決定をした。

その後、原告は、昭和五五年三月一四日被告に対し昭和五一年分所得税について更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をしたが、被告は昭和五五年六月二八日付で、本件更正の請求は期限を徒過したものであるとして更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。そこで、原告はこれを不服として異議申立てをしたところ、同年九月二四日付で棄却されたので、さらに審査請求をしたが、昭和五六年五月一日棄却された。

2  原告は、昭和四八年六月一二日、京都市右京区太秦堀池町一六番一三宅地一〇一・一一平方メートル及び同地上の木造瓦葺二階建住宅延床面積六三・一八平方メートル(以下「本件物件」という。)を借入金をもつて取得し、昭和五一年五月二五日本件物件を他に譲渡したものであるが、本件物件の取得に要した借入金について、本件物件を譲渡するまでの間に原告が支払つた利子二九一万〇四八九円は、本件譲渡所得の金額の計算上取得費に算入されるべきである。

このことは、東京高等裁判所昭和五四年六月二六日判決及びこれを受けて改正された同年一〇月二六日付直資三―八(例規)直所三―二〇所得税基本通達三八―八(取得費に算入する借入金利子、以下「本件通達」という。)からみても明らかである。

したがつて、前記借入金利子を取得費に算入すべきであるとして是正を求めた本件更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとした本件通知処分は違法であり、取消されるべきである。

3  仮に本件更正の請求が期限を徒過しているため認められないとしても、国税通則法(以下「通則法」という。)七〇条二項(国税の更正決定等の期間制限)によれば、五年間は職権により減額更正ができるのであるから、被告はこれをなすべきである。

特に、原告は、昭和五二年一二月ころの被告の調査のときから、被告の職員に対し固定資産の取得に要した借入金の利子は譲渡所得の金額の計算上取得費に算入すべきである旨主張していたのであり、前述したとおり、原告の主張が正当であると肯認された以上、職権をもつて是正することは、憲法八四条の租税法律主義の要請及び通則法一条に規定する税務行政の公正な運営の要請から当然のことである。

二  本案前の答弁の理由

行政訴訟事件において、裁判所は原則として既に行なわれた特定の行政処分が違法であるかどうかを事後的に審査するものであり、処分前に行政庁に対し特定の行政処分を命ずることは、裁判所が自ら訴訟手続により行政庁の専権に属する行政処分をするのと同じ結果になるので、三権分立の建前から許されない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が昭和四八年六月一二日本件物件を取得し、昭和五一年五月二五日これを譲渡したこと、原告が本件物件譲渡までの間に支払つた利子は本件譲渡所得の金額の計算上取得費に算入されるべきであるとして本件更正の請求をしたこと(但し、本件更正の請求において原告が支払つたとしている利子は一四五万七六七六円である。)は認め、その余の事実は不知、本件通知処分が違法であるとの主張は争う。

3  同3の主張は争う。

四  被告の主張

通則法三三条一項によれば、納税申告書を提出した者は、原則として「当該申告書にかかる国税の法定申告期限から一年以内に限り、税務署長に対し、その申告にかかる課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる。」と定めている。

本件においては、原告の昭和五一年分所得税の法定申告期限(昭和五二年三月一五日)から一年以内である昭和五三年三月一五日までに更正の請求をしなければならないにもかかわらず、原告が被告に対し更正請求書を提出したのは昭和五五年三月一四日であるから、本件更正の請求は期限を徒過してなされた不適法なものである。

また、通則法二三条二項(後発的事由による更生の請求)及び所得税法一五二条(各種所得の金額に異動が生じた場合の更正の請求の特例)等は後発的事由に基づいて更正の請求ができる場合を規定しているところ、本件のように、原告が昭和四八年六月一二日本件物件を取得し、昭和五一年五月二五日これを譲渡したが、その間に支払つた利子は本件譲渡所得の金額の計算上取得費に算入されるとして、昭和五五年三月一四日に被告になした更正請求が、右に規定する後発的事由に基づいて更正の請求ができる場合に該らないことは明らかである。

第三証拠 <略>

理由

一  原告が昭和五一年分所得税の確定申告書を法定期限までに提出したところ、被告が昭和五三年四月一五日付で更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたので、同年七月一七日原告が右各処分について異議申立をし、被告が同年一〇月九日付で一部取消しの異議決定をしたこと、原告は、昭和四八年六月一二日本件物件を取得し、昭和五一年五月二五日これを譲渡したものであるが、本件物件の取得に要した借入金について右物件の譲渡までに原告が支払つた利子は、原告の譲渡所得の金額の計算上取得費に算入すべきであるとして、昭和五五年三月一四日、原告の昭和五一年分所得税について本件更正の請求をしたこと、これに対し、被告が同年六月二八日付で、本件更正の請求は期限を徒過したものであるとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分(本件通知処分)をしたこと、これを不服として原告が異議申立をしたが、同年九月二四日付で棄却され、さらに審査請求をしたものの昭和五六年五月一日棄却されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、更正の請求は納税者において申告に係る税額等を自己の有利に変更しようとするものであるが、通則法二三条一項は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたことにより過大に税額を申告した等の場合、法定申告期限から一年以内に限り更正の請求をすることができるものと規定する。そして、法定申告期限から一年を経過した後であつても、申告、更正又は決定における計算の基礎となつた事実と異なる事実が判決で確定したとき、所得等の課税物件が他の者に帰属するとして他の者に更正又は決定があつたとき、その他の後発的事由(国税通則法施行令六条参照)が生じた場合(通則法二三条二項)、また、所得税については、事業廃止後に当該事業に係る費用又は損失が生じた場合、一旦収入金額又は総収入金額に算入した債権が回収不能となつた場合等(所得税法一五二条)一定の場合に限り更正の請求が許されている。

本件更正の請求は、先に述べたとおり、譲渡所得金額の計算上、借入金について支払つた利子を取得費に算入すべきであるとするものであるが、これが右に述べた後発的事由に該当しないことは明らかである。原告は、東京高等裁判所昭和五四年六月二六日判決及び本件通達の存在をもつて本件更正の請求の根拠とするが、このように法令の解釈について判例により新判断が示された場合又は通達の改正があつた場合を右後発的事由ということはできない。

そうすると、原告は、通則法二三条一項により、法定申告期限後一年以内である昭和五三年三月一五日限り更正の請求をなしうるところ、本件更正の請求のなされたのが昭和五五年三月一四日であること前述したとおりであるから、被告が、本件更正の請求は期限を徒過したものであり、更正すべき理由がないとした本件通知処分に何ら違法は存しない。

三  次に、原告は、本件訴えにおいて被告に対し、原告の昭和五一年分所得税について職権で減額更正するよう求めているが、前述したとおり、原告の本件更正の請求が期限を徒過したものである限り、被告において通則法七〇条二項により法定申告期限から五年間は減額更正をすることができるとしても、原告の右請求は、行政機関である被告に対し作為を求めるものであつて、かかる請求は三権分立の建前上行政機関の第一次的判断権を害しない限りにおいて司法裁判所の判断の対象たりうるものというべきところ、被告が、更正の請求の期限を経過した場合に、これを職権で減額更正をするかどうかは、被告の第一次判断権に属するものであり、司法裁判所としてはこれを尊重しなければならず、これに介入することは許されないものというべきである。原告の右請求に関する訴えは不適法たるを免れない。

四  以上の次第で、原告の昭和五一年分所得税について被告に対し減額更正を求める原告の訴えを不適法として却下し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田坂友男 東畑良雄 森高重久)

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